伊東ゆう/言語教師

言語だけではなく、自分の‘想い’を伝えられる言語教師に

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[プロローグ]

Artistar代表(アーティスター) 伊東 ゆう

秋田県出身

中学卒業時の将来のビジョンでは、大学で英語以外の言語を学び、卒業した時には三か国語話せるようになるのが目標だった。16歳の時に一人の英語教師と出会ったことで転機を迎える。そこから日本語教師になることを目指して、大学へ進学。海外で日本語教師を務めた後に帰国。大手英会話スクールで講師を務め、現職に就く。

 

「人の一生の時間って限られているから、いかに濃く生きるかをテーマにしているのね。結構、若いころから生き急いでいるよ(笑)せっかちとも言うかな?(笑)。」

 

そう語る言語教師、伊東ゆう先生の姿に迫りました。

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-ゆう先生の原点とは

伊藤「なべぽん、今日はよろしくね。」

渡辺「こちらこそよろしくお願いします。まずは、ゆう先生の小中高時代についてお話を伺いたいです。熱中していたもの等があれば教えて下さい。」

伊東「私が日本語教師を目指す為に大学に通う事になったきっかけは小学生の時にあります。小学校六年生の時に母親が私に「英会話スクールに行きなさい」と言って習い事の一つとして私の事を英会話スクールに入れたんですね。それまでは習い事は自分のやりたい事をやるというスタンスの家庭だったのですが、英会話だけはたった一つ親にやらされた習い事です。

母に「何であの時に英会話スクールに行くように言ったの?」と聞いたら「会社の同僚がこれからは英語が必要と言っていて、これからは英語が必要だと思ったから入れた。」と言われて、凄く安易な感じで入れられました。」

渡辺「ほう。」

伊藤「英語全然分からなかったけど、スタートして六ヶ月目くらいにスピーチコンテントで暗唱の部に出る事になったんですね。自分と同じ年齢なのに英語ペラペラの人達がたくさんいるのを人生で初めて目の当たりにしました。不思議なもので、この事がきっかけで英語って楽しいな、暗唱して話せると面白いなって感じるようになりました。そこからどんどん言語にハマって行きましたね。」

渡辺「なるほど。」

伊藤「多分、そこが原点になっています。中学生になっても県のスピーチコンテストにとかには出続けていました。その練習の為によく放課後外国人の先生の所に言って練習をしていました。部活みたいにね。それで英語にはまって行く中学校生活だったかな。」

渡辺「高校時代はどう過ごされていましたか?」

伊藤「高校時代は英語が好き過ぎたから、公立高校の英語科に入学しました。普通科よりも英語の授業が多くて外国人の先生がいるくらいでしたが、行きたかったから行って、高校二年生くらいまでスピーチコンテスト出ていました。

そして、16歳の時に英語科の高校に入ってアメリカ人のカリーン先生という方に出会いました。彼女はアメリカ人で日本に来て、秋田に来て、初めて英語を教えるという方でした。もし当時の私が英語を話したいと思ったら、彼女に会いに職員室に行くしかないんですよね、秋田県に外国人はそうそう歩いていないので。でも、カリーン先生は初めて日本に来たから、日本や秋田についての質問を私にたくさんしてきました。それに答えられないなっていうのを自分の中では感じていました。「日本人ってどうなの?」って聞かれても「いや、別に」みたいな感じだったのね(笑)

あまりにもそれらの質問に対して「いや、別に」という答えばかり繰り返していので、その時に「私、このままじゃ海外に行けないな」って思ったのね。

こんなに日本の事知らないで海外に行って、同じ質問をされても「いや、別に」って一生そう答えるような気がしたのね。「そんな自分でいいのか!?」みたいな。後は、カリーン先生と逆の立場を考えたことがあるのね。彼女はアメリカから秋田に来たけれど、私は秋田からアメリカに行く立場で仕事はできるのだろうか?って。それで学級文庫に職業図鑑みたいなのってあるじゃない?(笑)」

渡辺「はい。」

伊藤「16歳の時にそれを見て日本語教師という仕事を見つけて「これだ!」って思いました。これが大学の進学先を決めるきっかけになりましたね。」

渡辺「なるほど。16歳の時に日本語教師を目指して大学に進み、勉強をしていて、不安ってありましたか?」

伊藤「不安は常にあるよ。日本語教師になる為の道って普通の就職活動とは違っていて、青年海外協力隊みたいなものです。なので、海外で教えるか国内にある日本語学校に就職するかの選択肢しかありませんでした。海外で日本語教師になれると決まったのは卒業式の10日前くらいでした。」

渡辺「実際に海外で働いてみて、自分が想像していたことと違う事はありましたか?」

伊藤「ありましたね。ある程度、英語は話せる状態でアメリカに行くのが条件だったので日本で勉強もしっかりしましたし、同級生の中でも出来る方だったと思います。けど、実際にネイティブの人と話をしてみるとカルチャーギャップみたいなものを凄く感じました。半年間はへこむことが多かった気がしますね、文化的ギャップで。後は、自分がこう言えば伝わると思っていた単語が全然違うニュアンスで、ネイティブに凄い勘違いをされたり会話が上手く進まないことが多々ありました。ですが、徐々に慣れていきましたよ。」

 

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教師としてのゆう先生

渡辺「教師になってから印象に残っている生徒の方はいますか?」

伊藤「印象に残っている生徒は、新入社員のサラリーマン数人ですね(笑)」

一同笑い

渡辺「と言いますと?」

伊藤「新入社員だからスーツピカピカで来るのだけど、そういう人達は自発的にスクールに通うのではなくて会社に言われて来るパターンの人がいます。研修の一つとしてね。大体みんな入ったら2〜3年は習うので、入学した時の彼らと2、3年後の彼らを見る事になりますよね。最初はみんな同じような空気感なのだけど、3年経つと彼らの人生が全く違う方向に動いている事に気付いて、何がそんなに彼らの人生を変えたのかな?と疑問に持った事があるので印象に残っています。そういう人達の中には自発的にスクールに通うのではなくて会社に言われたから来るという人もいます。」

渡辺「ほう。」

伊藤「結果、それは英語力がどう伸びて仕事に活かせたのかというよりも彼らがどのように人と向き合って、会話をしていたのかの方が彼らの人生を大きく変えたのだろうとその時に思いました。じゃあ、私は英語の先生だけど‘言葉で人生は作られている’っていうことをもっと伝えないといけないなと感じて、コミュニケーションに興味を持ち始めました。」

渡辺「なるほど。教える事を通して自分自身の中でどんな変化がありましたか?」

伊藤「でもね、私、授業もセミナーも研修も毎回それを通じて目の前にいる生徒からエネルギーをもらっていると思うんです。自分のコミュニケーションも磨かれていると思うけど、多分どう生きるかということを物凄く真剣に考えるようになったのは私の中で大きな変化かな。」

渡辺「他人ではなく、自分がどう生きるかという事でしょうか?」

伊藤「そう。それはなべぽんも含めてだけど、自分の目の前にいる人達が真剣に生きているからそれを見て自分もそうしなきゃいけないなと考えています。」

 

先生の価値観とあるべき姿とは

渡辺「It’s a small worldのような世界を凄く大事にしていると聞いたのですが、この考えが崩れた経験はありますか?」

伊藤「うん。もう世の中いっぱい色んな人がいるからね。何を言っているか分からないって言われることは、たくさんあります。誰か自分と違う基本概念を持っている人に会った時に、違うということをどう認めるのかというのは、とても大事だと思っています。」

渡辺「ほう。」

伊藤「違いを楽しむという点に関しては、新卒でアメリカに行っているし、人種も国籍も違う環境に飛び込んだので、どうにかして話を合わせようとしていました。けど、どう話をしても共通の話題が無くて、価値観も合わない時はあるので「あなたは、これを大事にしているんですね。」という部分も受け入れて楽しめるのが良いかなと思います。崩れた経験はありますかと言われたら答えはYESですね。」

渡辺「どういうマインドの元でそんなにポジティブでいられるのでしょうか。」

伊藤「そうですね、私もこの質問見て「んー、私、ポジティブなイメージかぁ」って考えていました(笑)良く言われる事ではありますね。‘太陽のゆう先生’とかね。でも、もちろん暗い事もあります。自分のポリシーとして暗い姿は出さないようにしているところはあるかもしれません。」

渡辺「暗い顔を出すのは怖いですか?」

伊藤「私ね、先生を始めた22歳の時に自分の像がどうあるべきかというのを凄く考えていました。周りはアメリカ人の先生だったし、私からするとアメリカ人ってみんな明るいんですよ。その理由を考えているうちに自分が明るくなれば目の前の人も明るくなるんだろうなって気付きました。じゃあ、人の人生を導くような教師である為にはポジティブなマインドでいよう!と、とりあえず決めたって感じですね。でも人生には誰にでも必ず悲しい事も嬉しい事も平等に起きていると思いますよ。」

渡辺「どんな像であるべきかを22歳の時に考えてその結果は導けましたか?」

伊藤「とりあえずのスタンダードな部分は決めました。相手の為に自分は明るくいようということです。でも、色々な事が起きてそれは変化して行くじゃない。その中でも、確実に変わったなと思う所はありますよ。KEAOSとかで教えていたとき、いわゆる独立してからは暗い顔を出したくないし、だから出さなかったし。会社員としての先生の時はなんとなく会社のイメージを気にして行動していました。今は独立して数年経ちましたし、そういう「所属する会社のイメージを気にする」とかもないので、共有出来る時には暗い話とかも共有できますね。」

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—ゆう先生にとってのプロとは?

渡辺「ゆう先生にとって、プロとは何だと思いますか?」

伊藤「あ、良い質問!出来る事と出来ない事をはっきり分けられる人だと思います。自分は何が出来るのか、出来ないのかを分かっていて、出来る事に特化できることだと思うんです。これ分けられてないと人に依頼された時に出来るんじゃないかなと思ったら、出来ないということが発生しますよね。その時点でプロではないですよね。」

渡辺「よりよくするには?を考えられる人がプロだとブログに書いてありましたね。」

伊藤「そうですね。工夫出来る人もプロだと思います。だって、いつも皆の前に現実があってさ、どうしようもないじゃん(笑)目の前にあるものはすぐに魔法みたいに変えられないし。目の前にあるものに常に流されるのではなく、どう工夫するか考えながら生きるのは凄い大切だなと思って書きました。」

渡辺「11月に覚悟が無かったのが原因で自分の弱さが出たとFacebookに書いてありましたね。でわ、覚悟って一体何だと思いますか?」

伊藤「また良い質問ね(笑)」

渡辺「ありがとうございます。僕の中でプロの人は何かしら強い覚悟を持っているイメージがあったので聞いてみました。」

伊藤「何か覚悟を持ってやっているつもりでも、気付かない内にストッパーが掛かってしまっていることがあると思うんだよね。心とかにね。いつもしたいように行動していたつもりだったけど、振り返ってみたらそんなに行動していなかった事に後から気づいたということでした(笑)。」

渡辺「なるほど。」

伊藤「そんな時は、そのストッパーを何かと考えるのね。覚悟って、躊躇無く進む感じかな。」

渡辺「覚悟が無い人は成長出来ると思いますか?」

伊藤「出来ると思います。」

渡辺「何故そう思うのですか?」

伊藤「どんな人も結局、どんなペースであれ成長しているかなと感じています。けど、その成長の幅が覚悟のある人、無い人では差があるかなと思います。ある人の方が激しい行動にでるからね。それに対する出来事で突き動かされた方が強いね。」

 

—ゆう先生が日本に住んでいる理由

伊藤「今、私は日本で仕事しているじゃないですか。就職したのはアメリカだったのに。それで良く聞かれていた質問は「何で日本に帰って来たの?」というものでした。けど、今の時代行きたい時に海外に行けるじゃないですか。」

渡辺「そうですね。」

伊藤「Skypeもインターネットもあるしね。私ね、日本に住んでいる理由があって、日本に住むって決めているんです。」

渡辺「と言いますと?」

伊藤「やっぱりアメリカで日本語教師をしてみて、私は日本人だなと感じました。なべぽんもアメリカ行ったから、何となく分かるでしょ?(笑)」

渡辺「はい(笑)」

伊藤「アメリカに住んでいて、やっぱり日本人として、日本の良さを海外に伝えるのは大切だな、と思いました。日本語教師という仕事そのものが、日本のことを海外に伝えていく仕事ではあるんだけど、日本語教師でなくても、日本人が海外に出れば、たとえそれが海外旅行だとしても、「日本のことを伝える人」という役割があるのではないか?と感じたのね。

そういう風に考えたとき、「あぁ、私、言語教師として日本のことを伝える日本人のサポートをしたいな。」って感じました。日本人が自分のことや、日本の魅力にもっと気づいて、それを伝えていくサポート。伝える人が輝いていれば、おのずと日本も世界の中で魅力的に映ると思うんですよね。日本人を支えて、日本を応援したい。そんな気持ちで日本に住むこと・仕事すること、を決めました。

今実際にいろんな人に言葉やコミュニケーションを指導しているけど、一人一人がするプレゼンに毎回こちらが勇気や元気をもらいます。そんな時は、やっぱりこの仕事してよかったなって思いますね。」

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—ゆう先生にとっての‘ことば’

渡辺「ゆう先生にとって‘ことば’とは何なのでしょうか。」

伊藤「人生を創るものです。」

渡辺「詳しく教えて下さい。」

伊藤「さっきの英会話スクールの生徒達の話ではないですけれど、結局彼らの人生が彼らの使っていることばで判断されてしまったわけじゃないですか。

その子達を思い出すと分かるのですが、どんな言葉を使ったのかというのは、人生にとても大きく影響するなぁと思いました。

言葉って誰かの事を勇気づけたりとか逆に傷つけたりもできるツールですよね。

言葉は本当にいろんなパワーを持っている。たとえば、人のことを励ましたら自分も元気になったとかそういう効果もあるし・・。それがどんなシーンであれ言葉を通じて自分の人生を作っていっているような気がしています。」

渡辺「今後のゆう先生の展望を教えて下さい。」

伊藤「言葉は人の人生を作る。言葉と向き合うというのは、自分のことをよりよく知るということだと思うんです。言葉というのは、表面的なことではなくて、心とか考え方を反映して出てくるものですよね。

なので、言葉を学ぶことを通して、自分の良い経験や苦い経験とも向き合えるきっかけにするとか。そういうことをする言語教師でありたいと思っているんです。私にとっては、言葉を指導しながら、そうやって生徒さんの人生に一緒に向き合うことが喜びでもあったりするんです。」

 

—最後にこんな質問をしてみた。

 「ゆう先生はこの世界をどう変えて行きたいですか?」

伊藤「イメージとしては、よりイキイキとした世界にしたいです。」

渡辺「そう考えると万人に影響を与えて、世界をイキイキとした世界を作るのは難しいと思うのですが・・・。」

伊藤「なるほどね。私は今の所、企業から託された人を対象に教育をしているんですけど、その時に感じるのが「会社は未来を支える人材を私に預けているんだ」ということです。人生で全世界の人には会えないと思うけど、出会った人には運命を感じますし、出会った人と共に「イキイキ・元気な世界」を作っていけたらいいな~と思っています。」

渡辺「イキイキとは、何がイキイキなのでしょうか。」

伊東「そうですね~・・。イキイキって良い経験も悪い経験も両方、自分自身の言葉にして伝えていくことなのかな~って思うの。でも、実はそうすることで、相手の言葉に耳を傾けたり、受け止めたりもできるようになり、結果、そこにお互いがイキイキを感じたりするんじゃないかな~って。

人生楽しい時も落ち込んだ時もあるので、両方味わって欲しいなと思っているんですよ。そんな経験があるから自分の人生が変わったり、人とのコミュニケーションの取り方が変わったりすると思っていますよ。経験をことばにして、

誰かと想いを分かち合って、変化を楽しみながら・・が結果「イキイキ」になるかな~・・。」

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「太陽のゆう先生」と呼ばれている理由が分かった気がする。

ずっと笑顔で、時には声のテンポや大きさを変えて話をしてくれた。

きっとこれから、彼女は日本のグローバル教育を世間から注目されているものとは違う視点で支えていくのだろう。

また、言語だけではなく、自分の‘想い’をこのような形で伝えたいと思っている言語教師もいるという事を読者の方には知ってもらいたいと思う。

 

【文:渡辺悠太 写真:河辺麻里】

 

 

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